2021.07.17
前十字靭帯損傷
NBAバスケ選手における前十字靭帯断裂後の復帰率とパフォーマンス
執筆中尾 優作(理学療法士/プロスポーツトレーナー)
ヨーロッパの大学、大学院で理学療法を学ぶ。欧州サッカー、日本のB.LEAGUEでトレーナーとして活動したのち、地元神戸三宮にメディカルフィットネスジム【Lifelong】を設立。トップアスリートを始め、"病院で治らない痛み"に悩む人にワンランク上のリハビリを提供する。
今回紹介する論文は、2021年2月に発表された論文です。
2010年から2019年の間に前十字靭帯を断裂し、再建手術を受けたNBA選手の復帰率とパフォーマンスについて研究しています。
結論は以下のとおりです。
- 前十字靭帯再建術からの復帰率は84%
- 復帰シーズンのパフォーマンスは落ちるが、2年目に戻る
前十字靭帯断裂という大怪我から8割以上の選手が復帰できる、という結果が報告されました。
パフォーマンスも2年後には元のレベルに戻るようで、安心できますね。
他にも興味深い数値が報告されているので、論文を詳しく紹介していきます。
論文の概要
今回の論文の目的ですが、「前十字靭帯を断裂したNBA選手はどれくらい復帰できて、パフォーマンスは戻るのか?」ということを調べています。
対象となったのは、2010年から2019年に前十字靭帯再建術を受けた26名のNBA選手。
インターネット上で集められるNBA選手のデータから、以下の疑問を調べています。
- 再建手術を受けた選手の何割がNBAに復帰できたか?
- 怪我前と復帰後のパフォーマンスの違い
パフォーマンスの指標にはPER(Performance Efficiency Rating)という数値が使われています。
これは試合中のシュートやブロックなど、一つ一つのプレーを数値化して評価した指標です。
パフォーマンスに関しては、怪我をする前シーズンのPERを、復帰1シーズン目、復帰2シーズン目のPERと比較しています。
前十字靭帯断裂からの復帰
実際に前十字靭帯再建術を受けたNBA選手26名のうち、何名が復帰できたのか?
そして、復帰に相関するデータが報告されています。
復帰率
前十字靭帯再建術を受けた選手の84%がNBAに復帰することができました。
バスケで最も深刻な怪我と言われる前十字靭帯の断裂から、8割以上が復帰できるという事実は喜ばしいことだと思います。
前十字靭帯再建術からの復帰率: 84%
復帰までの日数
復帰にかかった平均日数は372.5日でした。
一般的には8~10ヶ月で復帰可能とされているので、NBAでは慎重に準備してから復帰していることがわかります。
最も早い選手は230日で復帰しているようなので、選手や状況次第で復帰日数には差がありそうです。
復帰までの平均日数:372.5日
(最速の選手: 230日)
復帰後のキャリア
前十字靭帯断裂から復帰した選手は、怪我後に平均して3.36年間プロとして競技を続けることができたようです。
もちろん怪我した選手の年齢にもよりますが、前十字靭帯断裂がバスケ選手のキャリアに与える影響は大きいことがわかります。
復帰後の競技期間: 3.36年間
1シーズン当たりの怪我数
今回の研究対象となった2010-2019シーズンで起こった前十字靭帯断裂を平均すると、1シーズン当たり2.88件の前十字靭帯断裂が起こっているようです。
30チーム×15クラブ=450選手と考えると、150選手に1人が前十字靭帯を断裂している計算になります。
ちなみに、2020シーズンでは4選手が前十字靭帯を損傷しているので、受傷率の高いシーズンとなりました。
参考(ESPN)
1シーズンあたり: 2.88件
復帰率と年齢
今回の研究結果では、以下の要因が復帰率を上昇させることがわかりました。
- 年齢が若い
- NBA経験が浅い
当然かもしれませんが、若く、経験の浅い選手ほど復帰する確率は高いようです。
ベテラン選手が前十字靭帯を断裂したときは、どうしても引退という選択肢を考えてしまうため、復帰率にも影響していると見られます。
左膝の復帰率100%
とても興味深い結果が見られたのは、左膝の前十字靭帯を断裂した選手の復帰率が100%だったことです。
右膝を怪我した選手の復帰率は、対照的に66.7%でした。
一般的に右足を利き足とする選手が多いので、利き足を痛める方がスポーツ動作への影響が大きいと考えることができます。
右膝の復帰率: 66.7%
左膝の復帰率: 100%
ポジションの違い
対象となった24選手の内、フォワードが8人、ガードが16人でした。
ポジションで比較すると、ガードの方が高い復帰率が報告されていたので、フォワードの選手は”前十字靭帯を断裂しにくいが、復帰率はガードより低い”と言えます。
フォワード: 8人
ガード: 16人
復帰率: フォワード < ガード
パフォーマンスへの影響
前十字靭帯から復帰後のパフォーマンスにはどのような影響が出るのでしょうか?
この論文では、怪我前、復帰シーズン、復帰2シーズン目のパフォーマンス指標(PER)を比較しています。
出場試合数
これは、出場できる試合のうち何試合に出場したか、という数字です。
対象となった選手の平均値ですが、各シーズンで以下のような数字になりました。
怪我前のシーズンでは出場率が78.5%ありましたが、復帰シーズンでは48.4%まで下がり、復帰2シーズン目でも62.1%までしか回復していません。
前十字靭帯再建術を受けると、出場試合数への影響は避けられないという数字が出ています。
パフォーマンス指標
PERという指標が選手のパフォーマンスを表す数字としてNBAではよく使われるようです。
各シーズンでの比較は以下のとおりです。
選手の怪我する前シーズンのPER平均値は13.9ですが、復帰シーズンには平均11.4まで下がっています。
これは約20%の低下なので、復帰1シーズン目は明らかなパフォーマンス低下が見られます。
しかし、復帰2シーズン目にはPERが平均13.6まで上がっているので、怪我前のパフォーマンスまで戻っていることがわかります。
前十字靭帯断裂という大怪我でも、2シーズン目には元のパフォーマンスに戻るという報告は、怪我した選手にとって希望となる結果ではないでしょうか。
論文の考察
以上が論文で発表された内容ですが、いくつか疑問点も残ります。
再建術の様式
これは著者自身が指摘していますが、それぞれの選手がどのような再建術を受けたかわかりません。
前十字靭帯再建術には主に、2種類の手術方法があります。
一つは、膝蓋腱という膝のお皿についている靭帯を使用する方法。
もう一つは、ハムストリングスの腱を使用する方法です。
今回対象となった選手のうち、どの選手がどちらの手術を受けたのか、どちらかの手術を受けた選手の方が復帰率やパフォーマンスは高かったのか、などが疑問点として残ります。
出場試合数制限
復帰2シーズン目でも出場試合数が怪我前の水準に戻らなかったのは、身体の調子だけでなく、メディカルスタッフの意向も影響しているかもしれません。
前十字靭帯断裂は再発リスクの高い怪我なので、あまり無理をさせたくないという思いから、チーム側で試合数を制限している可能性があります。
現代のプロスポーツでは、選手の運動負荷を計算しているチームも多く、疲労が溜まっているときは、パフォーマンスに関係なく試合を休ませることもあります。
膝が原因ではなく、リスクコントロールとして参加試合数が下がっている可能性は否定できません。
パフォーマンスの限定的な回復
復帰2シーズン目にはパフォーマンスの指標であるPERが怪我前のレベルにまで回復しています。
これはパフォーマンスが怪我前の水準に戻ったと見れますが、出場試合数は怪我前の水準まで戻っていません。
この点から考えられることは、”少ない試合数だと高いパフォーマンスを出せる”という仮説です。
もし前十字靭帯再建術を受けた選手が怪我前と同じ試合数に出場しても、この高いパフォーマンスを維持できるかどうかはわかりません。
出場試合数とPERの両方が以前の水準に戻ってはじめて、”以前と同じパフォーマンス”と言えるのではないでしょうか。
まとめ
今回の論文では、前十字靭帯再建術を受けた選手のうち84%が復帰でき、復帰2シーズン目でパフォーマンスが元の水準に戻る、という結果が報告されました。
前十字靭帯断裂という大怪我でも、現代医学とリハビリの進歩によって、克服できない怪我ではなくなりました。
ただし、復帰には1年ほどかかるので、この期間に気持ちを強く持ち、リハビリに励むことが大切です。
この論文結果が前十字靭帯を怪我した選手、再建術を受けてリハビリを頑張っている選手の背中を押してくれることを願っています。
前十字靭帯損傷の治療に関する内容は以下の記事にまとめてありますので、合わせて読んでいただければと思います。
前十字靭帯のリハビリメニューを動画つきで紹介している記事もぜひご覧ください。
NBA選手におけるアキレス腱断裂からの復帰率とパフォーマンスへの影響は、以下の記事で紹介しています。
この記事ではNBAで過去11年間に発生した怪我についてまとめた論文を解説しています。
他の前十字靭帯に関する医学論文は、こちらのページにまとめてあります。
>> 前十字靭帯に関する論文紹介まとめ
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