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Case Study 症状別事例

2021.12.20

理学療法

NBAの過去11年間における怪我の発生率と傾向【バスケ選手】

執筆中尾 優作(理学療法士/プロスポーツトレーナー)

ヨーロッパの大学、大学院で理学療法を学ぶ。欧州サッカー、日本のB.LEAGUEでトレーナーとして活動したのち、地元神戸三宮にメディカルフィットネスジム【Lifelong】を設立。トップアスリートを始め、"病院で治らない痛み"に悩む人にワンランク上のリハビリを提供する。

今回紹介する論文は2021年に発表された、アメリカのバスケ、NBAで過去11年間に発生した怪我と病気の発生率と傾向を調べた研究です。

この11年間に起こった怪我と病気は合計で5275例。この怪我の部位、重症度、受傷日など詳細なデータを集めて分析した論文です。

非常に膨大な情報が一つの論文にまとめられているので、チームスポーツにおける傷害予防選手のコンディション管理に役立つ内容となっています。

最初に結論をお伝えしますが、論文ではこのような分析結果が報告されました。

  • 最も多い怪我は足首、次に膝
  • 重症度の高い怪我が多いのは膝
  • ポジションによる怪我の差はない
  • シーズン後半に向けて怪我が多くなる
  • 怪我の傾向は11年間変わらない

それでは研究の詳細を紹介していきます。

論文の概要

今回の論文は過去11年間にNBAで発生した怪我の情報を分析し、怪我についての”傾向”を調べることが目的です。

どの部位が怪我をしやすいのか?どの時期に怪我が多いのか?という傾向を把握することで、怪我の予防に繋げることができます。

対象のデータ

今回の研究データとして使われたのは、2008年から2019年の11年間にNBAで発生した怪我と病気が対象となりました。2019-2020シーズンは新型コロナウイルスの影響でシーズンが中断したため、それ以前の情報が使用されています。

この11年間でNBAに登録されていた選手は合計1369人で、発生した怪我と病気は5275件でした。

怪我の定義

怪我や病気として扱われたのは、それが原因で”1試合以上試合を欠場した”症例に限られています。また、プレシーズンやトレーニングキャンプ、練習、プレーオフで起こった怪我は対象に含まれていません。

怪我の発生率

怪我の発生率の評価方法には1000 athlete game-exposures(AGEs)という指標が使われています。

これは1人の選手が1000回試合に参加した場合に怪我をする確率を表しています。例えば、足首の怪我の発生率は2.57/1000 AGEsですが、これは試合1000回あたり2.57件捻挫が発生する、ということです。

1試合につき両クラブから10選手ずつ出場すると仮定して、1試合のAGEsは20となります。1試合20AEGsなので、50試合で1000AGEsとなり、約25試合に1回の割合で足首の怪我が発生する、というように考えるとわかりやすいです。

怪我の重症度

怪我はそれぞれ欠場した試合数によって、4つの重症度に分けられました。

軽微 (Slight) – 1試合欠場
軽度 (Minor)- 2-3試合欠場
中度 (Moderate) – 4-13試合欠場
重度 (Severe) – 14試合以上欠場

怪我の発生率と重症度

調査の結果、全選手のうち66%の選手が怪我や病気で1試合以上欠場していました。

怪我と病気の発生率は、17.80/1000 AGEs、怪我だけだと15.60/1000 AEGsとなりました。1試合20AGEsと仮定すると、約3試合に1回の頻度で怪我が発生している計算になります。

11年間に発生したすべての怪我と病気による欠場試合数の平均は3試合でした。

怪我を重症度別に分けると、以下のような分布になります。

試合で発生した怪我で最も多かったのは足首の怪我で、次に膝、股関節・太もも、病気と続きます。

試合中に起こりやすい怪我

1位 : 足首の怪我
2位 : 膝の怪我
3位 : 股関節・太ももの怪我

重症度が軽微な怪我の中で一番多かったのは病気で、二番目は足首の怪我でした。

軽度な怪我で多かったのは足首の怪我で、次に膝の怪我。中度の怪我では足首の怪我に続き、股関節と太ももの怪我が多く発生していました。

重度の怪我では、膝の怪我が最も多く、次に多いのは足首の怪我でした。

重症度 1番多い怪我・病気 2番目に多い怪我・病気
軽微 病気 足首
軽度 足首
中度 足首 股関節・太もも
重度 足首

傾向としては、どの重症度でも足首の怪我の発生率は高く、軽度の怪我から重度の怪我まで幅広い怪我が足首で発生しています。

一方、重度の怪我の中では足首よりも膝の怪我の方が多く発生しているので、膝は深刻な怪我が発生しやすいことが伺えます。

病気に関しては、1試合ほど休む軽い症状が最も多く、2試合以上欠場しなければいけない病気にかかることは珍しいようです。

足首の怪我
最も怪我をしやすい部位。軽症から重症の怪我まで幅広い怪我がある。

膝の怪我
足首に比べると怪我の数は少ないが、怪我をした場合は重症になる可能性が高い。

ポジション別の怪我

ポジション別でも怪我の発生率を比較していますが、大きな差は見られませんでした。ガード、フォワード、センター、それぞれのAGEsは以下のとおりです。

ポジション 怪我の発生率
ガード 18.17 / 1000 AGEs
フォワード 17.23 / 1000 AGEs
センター 18.16 / 1000 AGEs

フォワードが一番怪我の発生率が低いですが、明確に差があるとは証明できないほど小さい差でした。

ポジション別に怪我の重症度を比べてみても、ほとんど違いはありませんが、センターが少しだけ中度と重度の怪我の割合が高くなっています。

ポジションごとに試合中の役割、プレイスタイル、マッチアップ相手など違いがありますが、怪我に関してあまり差がないのは意外でした。

シーズン中の怪我発生率

まずはこちらのグラフをご覧ください。

これは11年間、各月でどれくらいの怪我が発生しているかを表したグラフですが、シーズンが進むにつれて怪我の発生件数が増加していることがわかります。

AGEsの数値で比較すると非常にわかりやすいです。

10月 11月 12月 1月 2月  3月 4月
怪我の発生率 (AGEs) 5.40 14.68 17.44 20.32 14.64 21.97 27.61

NBA開幕月の10月では5.40/AGEsだったのに対し、シーズン最終月の4月には27.61/AGEsまで増えています。怪我の重症度に大きな変化は見られないので、純粋に怪我の数が増えていると考えられます。

グラフを見ると、2月に怪我の発生率が大きく減っていますが、これが2月半ばにあるオールスター休暇が影響していると思われます。オールスターに合わせて短い休憩期間が挟まるので、体の負担が軽減されているようです。

過去11年間の比較

こちらのグラフは、過去11シーズンごとの怪我発生率を比較しています。2008年から緩やかに怪我の発生率が増加していることがわかります。

特に大きな増加を見せているのは2012シーズンですが、この年はNBAでロックアウトが行われ、シーズンが遅れてスタートしました。ロックアウトの影響で、シーズン前のトレーニングキャンプが16日間しか用意されませんでした。(通常の平均は33日間)

試合スケジュールも詰め込まれすぎて、時には3日連続で試合を行うこともあったそうです。

身体を休める時間のなかった2012シーズンでは、重度の怪我が発生する確率が5.0/AGEsまで増加し、前シーズンの2.2/AGEsに比べて2倍以上もの発生率になりました。

2012シーズンの極端な増加以外で注目すべきは、他の重症度の怪我に比べて、軽微な怪我だけが増加している点です。論文の中で著者は、疲労した選手を休ませるために、あえて”軽微な怪我”と申告して試合を欠場しているのではないか?と考察しています。

NBAの規則的にも、”疲れたから選手を休ませる”とするよりは、”小さな怪我をしたから休ませる”と説明した方がいい印象を与えることは想像しやすいです。

論文の注意点

この論文ではNBAで発生した過去11年間の怪我をまとめていますが、報告された結果をすべて鵜呑みにしてしまうのは少々危険です。

いかに素晴らしい研究でも、どこかに偏見や欠点があるものです。この論文では以下のような注意点があるので、頭に入れておいていただきたいです。

① 試合中の怪我しか含まれていない

今回怪我として数えられたのは試合中に起きた怪我です。練習中に起きた怪我は今回のデータに含まれていないので、実際にはより多くの怪我や病気がシーズン中に発生しているはずです。

しかし、練習中に発生した怪我は重度の怪我でもない限り報告されないので、情報を集めることができなかったと思われます。

② 欠場した怪我しか含まれていない

同じく怪我の定義に関することですが、今回の論文では1試合以上欠場した場合のみ、怪我や病気として扱っています。

例えば、試合中に怪我したけど出場し続けた場合や、次の試合までに回復した場合は1つの怪我としてカウントされていません。このことから、実際に発生した怪我はもう少し多くなると予想できます。

論文の考察


今回の論文で報告された情報をもとに、チームスポーツ(特にバスケ)をサポートする上で特に重要だと思う点をまとめておきます。

足首と膝の予防が最重要

過去11年間におけるNBA選手の怪我を分析すると、足首と膝の怪我が試合を欠場する最も多い原因になっていることがわかりました。足首の怪我には捻挫など、”少し無理をすればプレイできる”怪我が多く、しっかりした治療とリハビリを受けない人が多いです。

しかし、4試合以上欠場する中度の怪我においても、足首の怪我が最も多いので、足首の怪我を予防することが、継続して試合に出場し続けるために重要です。

足首同様に膝も怪我をしやすい部位ですが、特に気をつけなければいけないのは、重度の怪我において膝が最も怪我しやすい部位だということです。膝の怪我には前十字靭帯損傷など選手生命に関わる怪我もあるので、日頃から怪我の予防に取り組むことが大切です。

ポジションは戦術によって変わる

ポジションによる怪我の発生率に差がないという結果は意外でした。身体の大きいセンターの方が、重度の怪我をしやすいと思っていましたが、実際にはポジションによる違いはないようです。

しかし、最近のバスケットボールでは選手のポジションがより柔軟になっています。ストレッチ4と呼ばれるポジションがあるように、ガード、フォワード、センターという区別が曖昧になってきました。

怪我の予防という点では、ポジション別に区別するのではなく、選手個々のプレイスタイルや身体の特徴を考慮した方がいいのかも知れません。

シーズン後半に向けての怪我予防

シーズンが進むにつれて怪我の発生率が増加することがわかりました。シーズン制のスポーツでは、後半により重要な試合があることがほとんどです。

NBAでは、プレーオフをかけた終盤戦があり、その後優勝チームを決めるための試合が続きます。この最も重要なシーズン後半戦を勝ち続けるためには、怪我の予防がより重要な役割を果たします。

NBAでは過去11年間の間、オールスター休暇が入る2月に怪我の発生率が低下することが報告されています。たとえシーズン終盤だとしても、運動量を調整して適切な休養を取ることで怪我の発生を防ぐことができます。

大事な試合を前に怪我が起こらないように、特にシーズン後半では選手の運動量や疲労度などコンディションを上手く管理することが大切です。

まとめ

今回はNBAで過去11年間に起こった怪我と病気に関する傾向がまとめられた論文を紹介しました。

改めて研究結果をまとめさせていただきます。

  • 最も多い怪我は足首、次に膝
  • 重症度の高い怪我が多いのは膝
  • ポジションによる怪我の差はない
  • シーズン後半に向けて怪我が多くなる
  • 怪我の傾向は11年間大きく変わらない

過去11年間に発生した5000件を超える怪我と病気のデータが1つにまとめられている点が、この論文最大の長所です。

足首や膝がバスケで怪我をしやすい部位であること、シーズン後半に怪我をしやすいことなどは想像しやすいかも知れませんが、ポジション別の怪我発生率に差がないことは、実際にデータを集計しなければ明らかになることのない情報だったと思います。

過去の事実から学ぶことは非常に有意義だと思うので、この論文でまとめられた情報をもとに、自分自身や所属するクラブの障害予防に役立ててもらえると嬉しいです。

NBAに関する他の論文も紹介しているので、ぜひ参考にしていただければと思います。

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