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Case Study 症状別事例

2021.05.26

アキレス腱炎

アキレス腱を断裂したNBAバスケ選手の復帰率とパフォーマンスへの影響

執筆中尾 優作(理学療法士/プロスポーツトレーナー)

ヨーロッパの大学、大学院で理学療法を学ぶ。欧州サッカー、日本のB.LEAGUEでトレーナーとして活動したのち、地元神戸三宮にメディカルフィットネスジム【Lifelong】を設立。トップアスリートを始め、"病院で治らない痛み"に悩む人にワンランク上のリハビリを提供する。

今回の記事は、アキレス腱を断裂した選手がバスケ最高峰のNBAに復帰できる確率と、パフォーマンスへの影響を研究した論文を紹介したいと思います。

参考文献は以下の2つです。

Khalil LS, et al. (2020) “Effect of Achilles Tendon Rupture on Player Performance and Longevity in National Basketball Association Players”

Chauhan A, et al. (2021) “Return to Play, Performance, and Value of National Basketball Association Players Following Achilles Tendon Rupture”

結論を先に紹介させていただくと、2つの論文が示している結果は以下のとおりです。

  1. 80%の選手がアキレス腱断裂後もNBAに復帰した
  2. 復帰したらパフォーマンスは低下するが、3年後には差がなくなる
  3. 復帰直後もディフェンス能力に限っては低下が見られない

それでは論文の詳細を見ていきましょう。

アキレス腱断裂後の復帰率

まずはバスケ選手がアキレス腱が断裂してしまってから、どれだけの選手が元の競技レベルに復帰できるのか?についてです。

1つ目の論文では1970年から2019年の間にアキレス腱の断裂をしたNBA選手47人を調査対象に選びました。この中でNBAの舞台に復帰できたのは34人(72.3%)でした。

この選手達が復帰までにかかった平均日数は約11ヶ月で、85.2%の選手がアキレス腱を断裂した次のシーズンには復帰できようです。

論文①
NBAへの復帰率
34人/47人(72.3%
85.2%の選手が翌シーズンに復帰

アキレス腱を断裂するとスポーツに復帰するためには必ずと言っていいほど手術をしなくてはいけません。アキレス腱は走ったり飛んだりする際に非常に強い負荷がかかる部位です。もう一度スポーツをするためには、医者にしっかり縫合してもらい、リハビリで強靭なアキレス腱を作り直すことが不可欠になります。

少し残念な話ですが、NBAの舞台に復帰できたとしても他の選手に比べるとシーズンで出場できる試合数は減り、引退までの期間も短くなってしまうようです。これはアキレス腱というスポーツをする上で負担のかかりやすい部位を怪我してしまった代償と言えるかもしれません。

2つ目の論文では1996年から2017年の間でアキレス腱を断裂した選手を対象にしています。被験者となったのは25名の選手で、NBAに復帰できたのは20人(80%)という結果でした。

前の論文と比較すると、調査対象の選手が1996年以降なので、より最近のデータを使っていることがわかります。そのため被験者の数が少なくなっていますが、より近代的な医療を受けた選手が多いと考えると、復帰率が上昇している理由は医療の進歩が影響しているのかもしれません。

こちらの研究では95%の選手が怪我した次のシーズンには復帰していると報告があるので、医療とともにリハビリやトレーニングの発展も早期復帰に役立っているのかと思います。

論文②
NBAへの復帰率
20人/25人(80%
95%の選手が翌シーズンに復帰

こちらの論文でもアキレス腱断裂から復帰した後は、キャリアが短くなってしまうことも述べられています。

復帰直後のパフォーマンス低下

アキレス腱断裂から復帰した際のパフォーマンスの低下は両方の論文で報告されています。

NBAでは各選手のスタッツと呼ばれる個人成績が膨大なデータで保存されています。例えば、レブロン・ジェームズが2020年に何本3ポイントシュートを決めて、何回リバウンドを取ったか、など全ての数値を調べることができます。

このデータを使って、アキレス腱を断裂する前の年と後の年、断裂する3年前と3年後、断裂した選手と断裂しなかった似ている選手、などを比較することで、アキレス腱の断裂がそれぞれの選手のパフォーマンスにどれだけ影響を与えたのか調査されています。

選手のパフォーマンスとして使われた指標は以下のとおりです。

  • 1シーズンの出場試合数
  • スタート(先発)として出場した試合数
  • 各試合の出場時間
  • PER(Performance Efficiency Rating)
  • VORP(Value Over Replacement Player)
  • BPM(Box-Plus-Minus)
  • WS(Win Shares)
  • オフェンス評価
  • ディフェンス評価

出場試合数や出場時間などはわかりやすい指標ですが、4種類の英語で書かれている指標は非常に難しいです。それぞれの説明は割愛させていただきますが、簡単に紹介するとその選手がどれだけ活躍したか、どれだけ勝利に貢献したか、という評価を専用の計算式を使って数値化しているそうです。

最後のオフェンス評価とディフェンス評価については、それぞれ100回の攻撃機会、守備機会に対してどれだけ点数を取れたか、または相手の得点を防げたか、という指標になります。

これらの指標をアキレス腱断裂を受傷する前後のシーズンで比較すると、両方の研究でほぼ全ての項目が低下していました。

例えば1つ目の論文によると、怪我をする1年前のシーズンと復帰して1年後のシーズンを比較したとき、下記のようなパフォーマンスの低下が報告されました。

  • 出場試合数: 63試合 ➡︎ 43試合
  • スタートでの出場試合数: 49試合 ➡︎ 21試合
  • 1試合平均出場時間: 30分 ➡︎ 22分
  • PER(パフォーマンス指数): 16.91ポイント ➡︎ 13.01ポイント 

アキレス腱断裂のような手術を伴う大きな怪我をした後は、どうしてもプレーへの影響が避けられません。これは身体そのものが怪我前の状態まで完全に治ることが難しいことに加え、再び怪我をすることやアキレス腱を無意識に庇ってしまうなど精神的な影響も強く受けるためです。

しかし、この1つ目の論文の報告内容で興味深い数字が見られました。それは、アキレス腱断裂後3シーズン目の選手と怪我をしなかった選手の3年後のPERにほとんど差異がなかったことです。

これはどういうことかと言うと、怪我をしなかった選手も年が経つにつれてパフォーマンスの低下が見られます。この”怪我をしなかった選手の3年後のパフォーマンス”と”アキレス腱断裂から復帰して3年後のパフォーマンス”に違いが見られなかったようです。(13.1ポイントvs12.9ポイント)

この数字を参考にすると、アキレス腱を断裂してしまうと復帰直後のパフォーマンスは低下してしまうが、3年後には怪我をしていない他選手とパフォーマンスの差異はほとんどなくなる、と言えます。アキレス腱断裂という大怪我をしてしまっても、諦めずにプレーし続けることで周りに追いつくことができるという素晴らしい研究結果でした。

復帰直後のディフェンス能力

復帰直後の出場時間減少やパフォーマンス低下は先にお伝えしたとおりですが、2つ目の論文からはディフェンスのパフォーマンスに限っては復帰直後でも低下が見られないという結果が報告されています。

これはディフェンス評価(Defensive Rating)という指標を参考にしているのですが、この指標は「選手が100ポゼッションごとに相手選手に決められたであろう得点」と定義されています。自分のディフェンスで相手の得点をどれだけ抑えることができたのか、という指標になっています。

この指標がアキレス腱断裂前と復帰直後のシーズンでほとんど変わらなかったようです。

オフェンス評価: 104.0 ➡︎ 99.5
ディフェンス評価: 105.6 ➡︎ 107.3

オフェンス評価は統計学的に見ても顕著な低下が見られました。(P Value 0.001)

しかし、ディフェンス指標を見てみると、数字だけで見ると少し上昇しています。ただこの上昇率は統計学的には認められないので、上りも下がりもしなかったと評価されます。(P Value 0.72)

この結果から読み取れることは、アキレス腱断裂後のシーズンでもディフェンス能力に関してはほとんど影響を受けない可能性があるということです。バスケットボールにおいてオフェンスの方が激しく速い動きを必要とされるので、どうしても影響を受けやすいのかもしれません。

ディフェンスだけでもパフォーマンスが低下しないということは、それだけチームに貢献できるということなので、復帰直後の選手にとっては心の支えになる情報だと思います。

実際にアキレス腱断裂から復帰したNBA選手

2020年10月末にアキレス腱を断裂したクレイ・トンプソンが2022年1月9日にNBA復帰を果たしています。

トンプソンは左前十字靭帯断裂のリハビリ中に右のアキレス腱を断裂しているので、一般的なアキレス腱断裂から復帰する選手とは少し違う状況ということは頭に入れておいてください。

前十字靭帯のリハビリも含めて941日間のリハビリを終えてコートに戻ったトンプソンは、チームがNBAファイナルを制して優勝を果たすまで、シーズンを通して試合に出場していました。

以下がトンプソンの怪我をしたシーズンと復帰したシーズンのスタッツになります。

シーズン途中の復帰となったので、レギュラーシーズンの出場試合数は32試合でした。

出場時間やフィールドゴール%などの数値も多少の差はありますが、2つ目の論文で報告されていた”復帰直後でもディフェンス評価は低下しない”という点を検証してみましょう。

スタッツの黄色で囲まれている”OFFRTG”がオフェンス評価、”DEFRTG”がディフェンス評価を表しています。

トンプソンが怪我をした2019-20年シーズンと、復帰した2021-2022シーズンを比較すると、確かにオフェンス評価は下がっていますがディフェンス評価はほぼ下がっていません。

2019-20年シーズンと2021-22年シーズンの比較

オフェンス評価: 115.0 ➡︎ 111.4 (-3.6)
ディフェンス評価: 108.5 ➡︎ 108.0 (-0.5)

クレイ・トンプソンはアキレス腱断裂後に復帰したシーズンでも、高いディフェンス能力を発揮することができたと言える結果になりました。

ちなみに以下のスタッツはプレイオフのデータになります。

トンプソンはディフェンス評価が低下しなかっただけでなく、プレイオフ中のパフォーマンスに限っては、オフェンス評価も怪我する前とほとんど変わりませんでした。

以下がプレイオフ中のスタッツです。

前十字靭帯断裂とアキレス腱断裂という非常に大きな怪我でも、しっかりとリハビリをすれば元のパフォーマンスに戻すことができることを証明してくれました。

ただ忘れてはいけないのが、トンプソンが所属するゴールデンステート・ウォリアーズは、NBAという世界最高峰のリーグを優勝するレベルのバスケットボールクラブです。

そのクラブで受けることのできる治療とリハビリも世界最高レベルのスポーツ医療です。

スポーツ医療の専門家による質の高いリハビリを受けたからこそ、このような高いパフォーマンスを取り戻せたとも言えます。

クレイ・トンプソンのスタッツはNBA.comから引用

アキレス腱断裂に関する論文の考察

上記の結果が今回紹介したアキレス腱断裂に関する2種類の論文が出した研究結果になりますが、報告された内容を素直に受け入れるだけではなく、この情報をもとにアキレス腱断裂からよりスムーズに練習や試合に復帰できるように考えることが重要です。

そして論文自体も完璧な信憑性があるわけではなく、以下のような疑問も残ります。

  •  2つともRetrospective cohort studyという形式の研究で、エビデンスのレベルは高くない
  •  滅多に起こる怪我ではないので被験者数が少ない
  •  PERはオフェンス重視の指標でディフェンス能力の評価が不十分
  •  復帰直後の出場時間は再発予防のため時間制限があった可能性がある

論文の報告を精査した上で、自分に有益な情報を集めることが大切です。エビデンスとしては高くない論文になりますが、興味深い結果が出たことも事実なので、この情報がアキレス腱断裂のリハビリに少しでも役立てば幸いです。

アキレス腱に関わる怪我について、より詳しい情報を知りたい人はこちらのページをご覧ください。

NBA選手における前十字靭帯断裂後の復帰率とパフォーマンスへの影響について、以下の記事で解説しています。

こちらはNBAで過去11年間に発生した怪我についてまとめた論文を紹介しています。

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