2022.07.28
理学療法
【NFL】プレシーズン期間不足が怪我の発生率へ与える影響
執筆中尾 優作(理学療法士/プロスポーツトレーナー)
ヨーロッパの大学、大学院で理学療法を学ぶ。欧州サッカー、日本のB.LEAGUEでトレーナーとして活動したのち、地元神戸三宮にメディカルフィットネスジム【Lifelong】を設立。トップアスリートを始め、"病院で治らない痛み"に悩む人にワンランク上のリハビリを提供する。
今回紹介する論文は、2022年6月に発表された”NFLのプレシーズン期間がなければ怪我の発生率に影響するのか?”という研究です。
アメリカのプロアメフトリーグ、NFLは新型コロナウイルスの影響で2020年シーズンの開幕が遅れ、プレシーズン期間がありませんでした。
この研究では、シーズン前の身体作りを目的とするプレシーズン期間がなくなったことで、怪我の発生率に影響があったのか?ということを調べています。
論文の結論は以下のとおりでした。
- 前十字靭帯の怪我は発生率が変化しない
- アキレス腱の怪我は発生率が増加した
- ハムストリングス腱の怪我は発生率が増加した
プレシーズン期間がないと、特に筋肉や腱の怪我が発生しやすくなるようです。
この研究結果から、怪我の予防において注意すべき点を知ってもらえればと思います。
論文の概要
今回の筆者が調べているのは、”NFLで2020年シーズンのプレシーズン期間がなかったことで怪我の発生率にどう影響があったか?”ということです。
アメフトの最高峰NFLでは、新型コロナウイルスの影響で2020シーズンの練習期間が短くなりました。
プレシーズンと呼ばれる公式戦が始まる前の期間は、主にシーズンを戦い抜くための身体作りの期間です。
2020年シーズンはこの準備期間が取れなかったので、その影響が怪我の発生率にあるのではないか?と考えられました。
この論文では、シーズンを通した前十字靭帯の怪我、アキレス腱の怪我、ハムストリングス腱の怪我それぞれの発生率を、2020年シーズンと2017年から2019年シーズンの平均とで比べています。
2020年シーズン怪我の発生率
vs
2017-19年シーズン怪我の発生率平均
怪我に関する情報は、NFLの公式サイトなどから集められています。
前十字靭帯の怪我
前十字靭帯の怪我に関しては、2020年シーズンとそれ以前のシーズンとでは怪我の発生率に大きな違いはありませんでした。
前十字靭帯の怪我
2017-2019年:46件
2020年 :43件
➡︎ 統計学的有意差無し {P=0.175}
しかしグラフを見ていただければわかりますが、前十字靭帯損傷の発生時期に関しては大きな違いがあります。
2017-19年は半分以上(52.9%)の怪我がプレシーズン中に発生しているのに対し、2020年はシーズン開幕後1〜4週の間が最も怪我の発生率の高い期間でした34.9%)
アキレス腱の怪我
アキレス腱の怪我は2020年シーズンの方が、明らかに増加しています。
2017-19年では平均で20件だったのに対し、2020年では27件もの怪我が発生しました。
アキレス腱の怪我
2017-2019年:20件
2020年 :27件
➡︎ 統計学的有意差有り {P=0.024}
アキレス腱障害の発生時期を比べてみると、2017-19年はプレシーズンで最も多くの怪我が発生していますが、2020年はシーズンが進むにつれて少しずつ増加しています。
ハムストリングス腱の怪我
ハムストリングスの怪我も2020年シーズンで発生率が大きく増加したようです。
2017-19年では平均して149件の怪我が発生していますが、2020年では186件もの怪我が起きたようです。
ハムストリングスの怪我
2017-2019年:149件
2020年 :186件
➡︎ 統計学的有意差有り {P=0.001}
ハムストリングス腱の怪我が発生しやすかったのは、どちらの期間でもシーズン開幕後1〜4週の間でした。
それから少し怪我が少なくなり、シーズン最終盤でまた怪我が多く発生するという傾向が見られます。
論文の考察
今回の論文では、プレシーズン期間がなくなることで怪我の発生率にどのような影響が出るか?ということが焦点です。
集めたデータを集計した結果は以下のとおりでした。
- 前十字靭帯損傷の発生率は変わらない
- アキレス腱損傷の発生率は増加する
- ハムストリングス腱損傷の発生率は増加する
この研究結果から”シーズン前に身体づくりを怠ると筋肉や腱の怪我が増加する”と言うことができます。
それではもう少し掘り下げて考えてみます。
前十字靭帯損傷は予防できない?
プレシーズン期間があってもなくても前十字靭帯の発生率は変わりませんでした。
この点だけ見ると”シーズン前に身体を鍛えても前十字靭帯の怪我は防げない”とも考えられます。
プレシーズンあり:46件
プレシーズンなし:43件
➡︎ シーズン前に身体を鍛えても前十字靭帯の怪我は防げない?
しかし、前十字靭帯損傷の発生時期を表したグラフをもう一度見てみると、重要なポイントに気づくことができます。
2017-19シーズンで最も前十字靭帯の怪我が多かったのはプレシーズンですが、2020年シーズンでは開幕後最初の1〜4週間が最も多かった期間です。
ただし、2020年はプレシーズンがほとんどなかったので、シーズン開幕直後が以前のプレシーズンと同じコンディションのはずです。
このポイントに注目すると、前十字靭帯の怪我は”シーズン前で身体の準備ができていない時期に最も起こりやすい”と考えることができます。
前十字靭帯の怪我を予防するためには、シーズン前の準備期間を特に注意する必要がありそうです。
アキレス腱は疲労が溜まりやすい?
アキレス腱の怪我が発生する時期が書かれたグラフを見ると、2017-19年のプレシーズンを除き、シーズン後半に向かって発生率が増加しています。
これは、アキレス腱への疲労や損傷が蓄積されることで、怪我へと繋がっている可能性があります。
特に筋肉や腱の怪我はリカバリーが追いつかないときに発生しやすいです。
アキレス腱に違和感を感じる選手がいたら、できるだけ早めに対処することで、アキレス腱の怪我を防ぐことができるかもしれません。
ハムストリングスに十分な負荷をかけているか?
ハムストリングス腱の怪我は、シーズン開幕直後に最も多く発生しています。
ハムストリングスの怪我で1番起きやすいのは肉離れです。
そして肉離れを予防するためには、ノルディックハムストリングスをはじめとしたイーセントリック収縮を伴う高負荷なトレーニングが効果的と言われています。
ノルディックハムストリングスに関する記事はこちら
グラフで見られるように、公式戦が始まってからハムストリングスの怪我が急増するということは、プレシーズン期間中にハムストリングスを十分に鍛えられていないのではないか?と考えられます。
プレシーズン中にハムストリングスに対して、試合でかかるほど高い負荷をかけていなければ、試合中に怪我をする可能性が高くなってしまいます。
シーズン開幕直後にハムストリングスの怪我が起こらないようにするには、シーズン前にハムストリングスを十分な強度で鍛えておく必要があると考えられます。
まとめ
今回の論文では、シーズン開幕前のプレシーズン期間がない場合、アメフト選手にこのような影響が出ることが報告されています。
- 前十字靭帯の怪我は発生率が変化しない
- アキレス腱の怪我は発生率が増加した
- ハムストリングス腱の怪我は発生率が増加した
靭帯の怪我よりも筋肉や腱の怪我の方が、プレシーズン期間の有無に影響を受けるようです。
シーズンが開幕して運動強度が上がる前に筋肉と腱を十分に鍛えておくことが、腱炎や腱の断裂といった怪我の予防に効果的です。
この論文の研究対象となっている怪我について詳しく知りたい方は、以下のページをご参考ください。
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