2024.09.27
前十字靭帯損傷
前十字靭帯に負荷をかける筋肉と負荷を下げる筋肉
執筆中尾 優作(理学療法士/プロスポーツトレーナー)
ヨーロッパの大学、大学院で理学療法を学ぶ。欧州サッカー、日本のB.LEAGUEでトレーナーとして活動したのち、地元神戸三宮にメディカルフィットネスジム【Lifelong】を設立。トップアスリートを始め、"病院で治らない痛み"に悩む人にワンランク上のリハビリを提供する。
今回紹介する論文は2022年に発表された”前十字靭帯への負荷に対する筋力の寄与”という研究です。
この論文ではどの筋肉が働くと前十字靭帯に負荷がかかってしまうのか?
また、筋力発揮することで前十字靭帯にかかる負荷を軽減することができる筋肉についても解説されています。
結論から言うと、大腿四頭筋と腓腹筋が働くと前十字靭帯に負荷が増加してしまいます。
そして、ハムストリングス、ヒラメ筋、そして中臀筋は前十字靭帯にかかる負荷を軽減させる役割があると考えられます。
これらの筋肉の役割を理解することが、前十字靭帯の怪我を予防する上で重要です。
それでは詳しく解説していきます。
前十字靭帯の機能
まず初めに前十字靭帯の機能について簡単に説明します。
前十字靭帯は膝関節の中にある靭帯で、大腿骨後部から脛骨前部に付着しています。
主な役割としては以下のとおりです。
- 大腿骨に対して脛骨が前に移動するのを防ぐ
- 脛骨に対して大腿骨が後ろに移動するのを防ぐ
- 膝関節の回旋ストレスに対する安定性の確保
わかりやすく言い換えると、太ももの骨とすねの骨が離れ過ぎてしまわないように止めるのが、前十字靭帯の役割です。
そのため、筋肉が脛骨を前に引っ張ってしまったり、大腿骨を後ろに引っ張ってしまうと、前十字靭帯への負荷が増加してしまいます。
前十字靭帯に対して負荷をかける筋肉
筋肉が収縮することで前十字靭帯に負荷をかけてしまうのは、大腿四頭筋と腓骨筋です。
大腿四頭筋
大腿四頭筋は太ももの前についている大きな筋肉です。
この筋肉は骨盤と大腿骨から、脛骨粗面と呼ばれる場所(お皿の下、すねの前面)に付着します。
大腿四頭筋が働くと、脛骨を前に引っ張ってしまうので、前十字靭帯を前方に伸ばしてしまいます。
ただ、大腿四頭筋が与える前十字靭帯への負荷は、膝関節屈曲50度までとも言われています。
膝が50度以上曲がった状態では、大腿四頭筋が前十字靭帯にかけるストレスは限られてるようです。
腓腹筋
腓腹筋はふくらはぎの筋肉ですが、踵骨(かかとの骨)から大腿骨の後面に付着します。
腓腹筋が働くと膝が曲がりますが、このとき大腿骨を後ろに引っ張ってしまいます。
脛骨に対して大腿骨が後ろに移動してしまうので、前十字靭帯も伸ばされてしまいます。
前十字靭帯の負荷を軽減する筋肉
先に紹介した筋肉とは逆に、前十字靭帯への負荷を減らす機能がある筋肉は、ハムストリングス、ヒラメ筋、中臀筋の3つです。
ハムストリングス
ハムストリングスは骨盤の後方にある坐骨という場所から脛骨の後方に付着しています。
膝を曲げるときに働く筋肉ですが、このときに脛骨を後ろに引っ張る力が働きます。
大腿骨に対して脛骨を後方に引くのは前十字靭帯の機能と同じなので、ハムストリングスの収縮は前十字靭帯を支える力となります。
しかし、このハムストリングスが脛骨を後方へ引っ張る機能は、膝関節が20度以上曲がっているときに働きます。
膝が伸び切っているときや、少し曲がっているときには前十字靭帯への負担を軽減できないので注意が必要です。
ヒラメ筋
ヒラメ筋はふくらはぎにある筋肉ですが、腓腹筋とは違って膝関節を動かす機能はありません。
踵骨から脛骨と腓骨(下腿外側の骨)に付着しています。
膝を動かす機能はありませんが、下腿後面についているので、収縮すると脛骨を後方に引っ張ります。
これはハムストリングスのように前十字靭帯と同じ機能となるので、結果的に前十字靭帯への負担を減らすことができます。
そしてヒラメ筋はハムストリングスと違い、膝の関節角度に関係なく前十字靭帯の負荷を下げている点も重要な機能です。
中臀筋
中臀筋はお尻の筋肉なので、前十字靭帯を直接サポートするような機能はありません。
しかし、中臀筋は股関節を外側に動かす外転という動作を行います。
そのため、前十字靭帯にとって負担となる膝の外反という動きを抑制します。
膝の外反とは一般的にX脚、ニーインと呼ばれるもので、膝が内側に倒れてしまう状態です。
前十字靭帯と同じ機能は持っていなくても、前十字靭帯に大きな負担がかかる動作を防ぐことで、前十字靭帯への負担を軽減しています。
考察
今回の論文では、前十字靭帯に負荷をかける筋肉と軽減する筋肉が紹介されています。
簡潔にまとめると、大腿四頭筋と腓腹筋が前十字靭帯への負荷を高めます。
そしてハムストリングス、ヒラメ筋、中臀筋には前十字靭帯の負荷を下げる役割があります。
覚えておきたいのが、それぞれの筋肉が前十字靭帯に対して働きかける関節角度です。
大腿四頭筋は膝が50度以上曲がるまでは前十字靭帯に負荷をかけますが、ハムストリングスが前十字靭帯の負荷を減らせるのは膝が20度以上曲がっているときです。
そのため、膝が完全に伸びている状態から膝が20度曲がるまでの間は、大腿四頭筋による負荷だけがかかっています。
そしてこの膝関節が20度ほど曲がっている、軽度屈曲位と呼ばれる角度は前十字靭帯損傷が起こりやすい角度になります。
この角度においてはハムストリングスではなく、ヒラメ筋が脛骨の前方移動を止めるために重要となってきます。
ハムストリングス、ヒラメ筋、中臀筋それぞれ異なる瞬間で前十字靭帯の負荷を軽減する機能があるので、すべての筋肉を鍛えることが前十字靭帯損傷のリハビリや予防に効果的だと考えられます。
前十字靭帯損傷に関してより詳しく知りたい方はこちらを参考ください。
他の前十字靭帯に関する医学論文は、こちらのページにまとめてあります。
>> 前十字靭帯に関する論文紹介まとめ
参考文献
Maniar N, Cole MH, Bryant AL, Opar DA. Muscle Force Contributions to Anterior Cruciate Ligament Loading. Sports Med. 2022 Aug;52(8):1737-1750. doi: 10.1007/s40279-022-01674-3. Epub 2022 Apr 18. PMID: 35437711; PMCID: PMC9325827.
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