2022.08.18
前十字靭帯損傷
前十字靭帯再建術からスポーツ復帰するときの復帰基準と心理的準備の関係性
執筆中尾 優作(理学療法士/プロスポーツトレーナー)
ヨーロッパの大学、大学院で理学療法を学ぶ。欧州サッカー、日本のB.LEAGUEでトレーナーとして活動したのち、地元神戸三宮にメディカルフィットネスジム【Lifelong】を設立。トップアスリートを始め、"病院で治らない痛み"に悩む人にワンランク上のリハビリを提供する。
こちらの論文では”前十字靭帯断裂後にスポーツ復帰するとき、復帰基準を満たしていると心理的にも復帰する準備ができている”と報告されています。
前十字靭帯再建術後にリハビリを行いますが、膝の状態が良くなれば良くなるほど精神的にも復帰に前向きになれるという研究結果です。
この論文は2022年に神戸大学医学部附属病院から発表されています。
この研究結果ですが、以下の復帰基準を満たしている人は心理的準備もできている傾向がある、ということがわかりました。
- ハムストリングスの筋力
- 片足ホップの距離
- 患者の主観的な膝の評価
スポーツ復帰するための目標を設定し、その基準をクリアすることが前十字靭帯断裂から安心して復帰することに繋がります。
選手の心理的準備を促すために役立つ内容なので、リハビリに関わる人はぜひ目を通していただきたいです。
論文の概要
この論文は神戸大学から発表された研究です。
研究内容は”前十字靭帯からスポーツ復帰するときに、身体的な復帰基準を満たしている選手は心理的にも準備ができているのか?”ということを調べています。
前十字靭帯損傷後にスポーツ復帰するときは、筋力やジャンプ力に左右差がないことが一つの基準とされています。
このような復帰基準をクリアしている選手は、心理的にも復帰する準備できているのか?、というのが主な内容です。
この研究には144名の前十字靭帯再建術患者が参加し、手術から1年経った膝の状態が検査の対象になっています。
競技復帰への基準としては、これらの指標が使われています。
- 大腿四頭筋筋力の左右差:90%以上
- ハムストリングス筋力の左右差:90%以上
- 片足ホップの距離:90%以上
- IKDCスコア:90%以上
筋肉左右差は、怪我をしていない足に対して何%の筋力があるか?という数値です。
片足ホップはより機能的な膝の状態を確認するために使われています。
IKDCは膝の状態を主観的に評価する質問表です。
また、ACL-RSIという競技復帰に向けた心理的準備を調べる質問表の点数を、精神的な状態の指標としています。
スポーツ復帰できたのは66%
この144名のうち、1年後にスポーツ復帰していたのは95人(66%)で、残りの49人(34%)は競技復帰できていませんでした。
それぞれのグループを比較したところ、スポーツ復帰できたグループは以下全ての指標で数値がより高かったようです。
- 大腿四頭筋筋力の左右差
- ハムストリングス筋力の左右差
- 片足ホップの距離
- IKDCスコア
- ACL-RSIスコア
競技に復帰するためには、何より膝の状態を回復させることが大切ということです。
また、スポーツ復帰できたグループの方が、平均で3歳ほど若かったようです。
1年後に復帰基準をクリアした割合
前十字靭帯再建術から1年後にそれぞれの復帰基準を満たした割合は以下のとおりでした。
- 大腿四頭筋の左右差:90%以上=54人(37.5%)
- ハムストリングスの左右差:90%以上=75人(52.1%)
- 片足ホップの距離:90%以上=97人(67.4%)
- IKDCスコア:90%以上=74人(51.4%)
このうち、ハムストリングスの左右差、片足ホップの距離、IKDCスコアの基準をクリアしている人は、心理的な準備の指標であるACL-RSIスコアもより高い数値だったという関係性が見つかりました。
大腿四頭筋の基準だけは、ACL-RSIスコアとの関連性が見つからなかったようです。
大腿四頭筋筋力以外の3つの基準をクリアすることが、より自信を持って競技に復帰できるポイントになるかもしれません。
復帰基準を多く満たすほど心理的にも準備できている
この研究に参加した前十字靭帯断裂患者が術後1年でいくつの復帰基準をクリアできたか、は以下のとおりでした。
0個:23人=(16%)
1個:27人=(18.7%)
2個:34人=(23.6%)
3個:35人=(24.3%)
4個:25人=(17.4%)
この患者のうち、スポーツ復帰基準を1つもクリアできなかった人と2個以上基準をクリアした人を比べると、ACL-RSIの数値に統計学的に顕著な差が見られました。
また、基準を1つだけクリアできた人と4つクリアできた人の間にも、心理的準備の数値に大きな差が認められました。
今回使用された4つの基準を使うのであれば、最低でもそのうち2つ以上の基準を満たすことができると、選手はスポーツ復帰に対して安心できるようです。
論文の考察
今回の論文では、前十字靭帯再建手術をした膝がスポーツへの復帰基準を満たすと心理的にも準備ができる、という研究結果が報告されています。
それでは論文をより深く掘り下げていきます。
前十字靭帯からのスポーツ復帰には膝の回復が最優先
まず最初に報告された内容ですが、今回の研究に参加した前十字靭帯断裂患者144人のうち、競技復帰できたのは66%の95人でした。
スポーツに復帰できた人は、復帰できなかった人に比べて膝の筋力、ジャンプ力、主観的な膝の評価などが全て高かったようです。
この論文の主な研究内容ではありませんが、やはり膝の状態をより良く回復させることが、スポーツ復帰する上で最も大切なことだと言えます。
競技復帰基準をクリアすると心理的にも準備ができる
今回の研究ではスポーツ復帰するための基準として、左右の筋力差が90%以内であることや、主観的な評価で90%以上記録することが使用されています。
この基準をクリアした人は心理的準備の評価も高かったので、膝の状態が良くなると同時に”基準をクリアした”という成功体験も復帰への安心感につながっているのではないでしょうか。
復帰基準をクリアするほど心理的準備もできる
この研究結果も興味深いものですが、スポーツ復帰基準をより多く満たした人の方が心理的準備の評価も高かったようです。
これは実際にリハビリを受けた人を想像すると共感しやすいと思います。
競技復帰するために4つの目標を設定してリハビリを行い、1つの基準をクリアするよりも3つ、4つと目標をクリアすることで、復帰への自信がついたのだと考えられます。
また、1つだけ基準を満たした人と4つ以上満たした人の間に差が見られたことも参考になりました。
復帰目標を作ることの大切さ
前十字靭帯断裂のように、怪我が治るまで長期間のリハビリが必要な場合は、復帰基準や目標を作ることがとても大切です。
大怪我を負った選手が自分の身体を思うように動かせなくなったとき『本当にもう一度競技をすることができるのか?』と不安になることがほとんどです。
そのときに、復帰までの大まかなリハビリの流れと復帰の基準となる数値を設定することで、競技復帰を現実的な未来として考えることができます。
例えば前十字靭帯再建手術からの大まかな流れは以下のとおりです。
1ヶ月目:可動域訓練
2ヶ月目:ジョギング
4ヶ月目:ダッシュ
6ヶ月目:練習復帰
8ヶ月目:試合復帰
このような流れを把握していると、自分が競技に復帰するイメージをすることができます。
スポーツ復帰基準は今回紹介した論文のように、筋力やジャンプ力の左右差が90%以内といった具体的な数値を設定するといいでしょう。
この基準を作ることで、選手は『ここまで回復すれば復帰できる』とモチベーションを高めることができます。
また、リハビリによって”復帰基準を越えるほど膝が回復した”という自信にもつながります。
このように、復帰基準を満たすことで競技復帰に対して自信がつくことが、心理的準備がよりできているという今回の研究結果につながっているのだと思います。
まとめ
- 前十字靭帯再建術からスポーツ復帰するためには、膝の機能回復が大前提
- 復帰基準を満たすことで心理的準備もできる
- 復帰基準をより多くクリアすることで、より心理的準備の数値も上がる
前十字靭帯再建術からスポーツ復帰するときに、身体的復帰基準を満たすことで心理的な準備も整うことがわかりました。
前十字靭帯断裂のリハビリに関わる治療家やトレーナーは、選手が復帰に向けて前向きになれるように、明確な復帰基準を作ってあげましょう。
身体機能だけでなく、精神的にも準備ができることで、選手はより安心して競技に復帰できるようになります。
競技復帰に向けての前十字靭帯のリハビリについてはこちらの記事をご覧ください。
他の前十字靭帯に関する医学論文は、こちらのページにまとめてあります。
>> 前十字靭帯に関する論文紹介まとめ
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