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Case Study 症状別事例

2021.12.02

理学療法

メジャーリーグでコロナ後にトミー・ジョン手術数が3倍に

執筆中尾 優作(理学療法士/プロスポーツトレーナー)

ヨーロッパの大学、大学院で理学療法を学ぶ。欧州サッカー、日本のB.LEAGUEでトレーナーとして活動したのち、地元神戸三宮にメディカルフィットネスジム【Lifelong】を設立。専門は"病院で治らなかった身体の痛み"のリハビリ。

今回紹介するのは2021年9月に発表されたこちらの論文です。

Paul RW, Omari A, Fliegel B, Bishop ME, Erickson BJ, Alberta FG. Effect of COVID-19 on Ulnar Collateral Ligament Reconstruction in Major League Baseball Pitchers. Orthop J Sports Med. 2021 Sep 2;9(9):23259671211041359. doi: 10.1177/23259671211041359. PMID: 34497864; PMCID: PMC8419557.

2020年のメジャーリーグシーズンは新型コロナウイルスの影響で開幕が遅れ、試合数も162試合から60試合に減らして開催されました。

それにも関わらず、肘の内側側副靭帯再建術、俗に言うトミー・ジョン手術を受けた選手は例年と変わらない数字が報告されています。

なぜ試合数が減ったにもかかわらず、多くのピッチャーが肘を怪我してしまったのか?という原因を調べるために行われた研究です。

この論文の結論は以下のとおりです。

2020年シーズンのピッチャーは、1試合あたり2.9倍の確率でトミー・ジョン手術を受けている

原因?

➡︎ コロナの影響で春季キャンプが短縮
➡︎ プレシーズン中の投球イニング数減少

新型コロナウイルスの影響で、スプリングキャンプが短くなり、ピッチャーがプレシーズン中に投げ込む量が減ったことが、シーズン中に肘を故障する原因になったのではないか?という考察です。

それでは詳しく論文を解説していきます。

論文の概要

今回の研究はアメリカ、ニューヨークの整形外科病院から発表されています。

被験者として選ばれたのは、2017年から2020年の間にメジャーリーグに出場したピッチャーの中で、肘の内側側副靱帯再建術を受けた選手。

メジャーで登板した選手のみ選ばれていて、マイナーリーグの選手は除外されています。

被験者選びや手術に関する情報は、メジャーリーグの公式サイトなど、全てオンライン上で情報収集されています。

研究結果

集められたデータを集計した結果、以下のような情報がまとめられました。

2017年から2020年の間にトミー・ジョン手術を受けたピッチャーの中で、研究対象となったのは以下の人数です。

2017年 16人
2018年 20人
2019年 16人
2020年 18人

この投手陣を2017-2019シーズンと2020シーズンにグループ分けした表がこちらです。

比較してみると、表の上部にあるCharacteristicsでは、各グループの年齢、BMIなどが比較されていますが、グループ間で大きな差はありません。

その下にあるCareer workloadでは、キャリアにおける総イニング数、総試合数などが比べられていますが、こちらも顕著な差はありません。

グループ間で明らかな差が見られたのは、次のSeason of UCLR workloadの数値です。

統計学の知識になりますが、表の右端にあるPと書かれた列で.001と太字で表示されている数値が、統計学的に見て顕著な差がある、という指標になります。

このデータで差が認められたのは、4つの数値です。

  • プレシーズン中のイニング数
  • レギュラーシーズンのイニング数
  • レギュラーシーズンの試合数
  • レギュラーシーズンの投球数

トミー・ジョン手術を受ける確率は約3倍に

2020年シーズンは試合数が通常の162試合から60試合に減らされているので、レギュラーシーズンに関わる数値は差が出て当然です。

今回の研究者が目をつけたのは、“プレシーズン中のイニング数”です。

2020年は新型コロナウイルスの影響でシーズン前のキャンプも、通常の6週間から3週間に短縮されています。

この短いキャンプ期間では、野球界でよく言われている”肩を作る”時間が十分ではなかった可能性があります。

腕を鍛え、しっかりと投げ込む準備期間がなかったため、プレシーズンゲームでも出場イニング数が減り、結果として準備不足のままシーズンが開幕し、多くのピッチャーが内側側副靱帯を痛めてしまったのではないか?と考えられています。

さらに、2020年シーズンは60試合しかなかったのに、トミー・ジョン手術を受けた投手数は18人と、過去3シーズンと比べても変わりません。

肘の手術を受けた投手数とシーズン中の試合数を比較すると、2020年シーズンに手術を受けた確率は、2017-2019シーズンと比較して、1試合あたり2.88倍も増加するようです。

簡潔に言えば、2020年シーズンのピッチャーが肘の手術を受ける確率は、前3シーズンと比べて1試合当たり約3倍になる、と解釈することができます。

論文の注意点

この論文を読む時に注意すべきことは、今回研究に使われたデータがオンライン上で集められた情報であることです。

もちろん信頼できるデータを参照していると思いますが、Web上の情報は正確性が確立されたものではありません。

著者も言及していますが、もしトミー・ジョン手術を受けていても、公表していない選手がいた場合は、この研究には含まれていません。

この論文は質の低いものではありませんが、オンライン上で手に入るデータを使用していることは頭に入れておきましょう。

まとめ

オフシーズン中はしっかり身体を休ませることが重要とされていますが、シーズン前にはスイッチを切り替えて、しっかりと身体作りをしなければ怪我のリスクが増える可能性がある、ということがわかりました。

新型コロナウイルスによってシーズン前の準備期間が十分に取れず、本番が急に始まった特別なシーズンだからこそ、このようなデータを集め、比較することができた研究だと思います。

スポーツ選手がシーズン中に怪我をしてしまうと、所属クラブにとっても大ダメージとなります。

プレシーズンでしっかりと身体を作る時間を取り、開幕に向けて準備することの大切さがわかる論文でした。

オフシーズン中に練習量が少ないと、シーズン中に怪我をするリスクが2倍になるという研究結果もあるので、ぜひご覧になってください。

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